第126回『坂と湧き水と川の街・落合から早稲田へ』 (東京歩中会 平成30年2月のウォーク報告)

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中井駅から北側は落合台地の高台が広がっています。山手通り西側横から一の坂が始まり、八の坂まで並んでいます。一の坂を途中まで登りますと、眼下の中井駅の向こうには新宿高層ビル群、更に奥にはスカイツリーまで見えました。坂のある住宅街を巡り、四の坂登り口角の、林芙美子記念館を拝見します。放浪記と浮雲が代表作です。放浪記は森光子さんのあのロングラン公演です。浮雲が映画化されたとき、主人公ゆき子を演じたのが高峰秀子さんです。後年、一番思い入れが深かった役だったと述べられています。女性としては、けっして幸せでは無かったと思われるゆき子、男性に翻弄された短い生涯の胸の内が見事に表現された名作だと思います。落合には林芙美子さんは亡くなるまでの10年程暮らされたようです。子どもの頃から苦労の連続でしたが、静かな環境の中の落合で、最後はゆっくりとされたのでしょうね。今も自然が残る素晴らしいお住まいでした。

八の坂を登り、坂上通りを山手通り方向に向かいます。この高台は高級住宅地として開発され、大正の頃多くの芸術家が暮らしていたようです。近代絵画の佐伯祐三と中村彝もアトリエを構え、創作活動を続けていましたが、お二人とも30、37歳の若さで亡くなられました。 

二つのアトリエとも新宿区の記念館としてオープンされていますので寄っていきます。今も自然が残る静かな環境の中で創作活動に打ち込まれたのでしょうね。画家の評価は、故人になられてから高まると聞きます。生涯の全てを掛け、あるいは自分の命を削って創作に向かわれたと思うと、胸が熱くなります。中村彝の代表作で重要文化財の「エロシェンコ氏の像」は皇居近くの東京国立近代美術館にありますが、展示期間が限られていますので、事前に展示されているかどうか確認の上、ご覧になってください。ロシアの盲目の詩人の内面が見事に描かれています。

道標にあった「中村彝」の「つね」

おとめ山公園で遅めの昼食にします。落合秘境と呼ばれているほど自然が残っています。今も子ダヌキ誕生で話題になります。私も幼少の頃、ここの池でザリガニ捕りや水遊びをよくしました。当時は三角池と呼ばれてましたが、係の方に聞いても知らないと言ってました。福島の相馬家のお屋敷だったようです。高田馬場駅から10分足らずの所に位置しているとは信じられません。二月としては風も無く暖かい時間を過ごしました。

高田馬場駅前を通り、早稲田へ向かいます。早稲田駅前の漱石生誕の碑をみて、昨年オープンした漱石山房記念館を見学します。一昨年に当会で登った箱根山の帰り道に寄りましたが、建築中でした。超有名人なのでたくさんの見学者でいっぱいでした。さすが日本の文豪と言われる方なんですね。最近阿刀田高さんが「漱石をしっていますか」という本を出版されました。漱石の作品の解説というか評論というか、参考になりますので、図書館で借りられて読んでみてはいかがでしょうか。

今日は、新宿区の4箇所の記念館を廻りました。どこも素晴らしい施設と展示品に感動を受けました。記念館の開設と維持には膨大なお金が掛かると思いますが、後世のためにぜひ維持されるよう願うばかりです。新宿区の方々に感謝ですね。2月の寒い時期のウォークを無事に終えることが出来ました。ご参加の皆様のご協力に感謝申し上げます。お疲れ様でした。打ち上げは、高田馬場駅まで地下鉄で戻り、早くから営業している「清瀧」へ、芸術家の気分から、普通の人に戻って静かに盛り上がりました。
以上

 牛山さんにはフォトアルバム作成の写真も兼ねて、撮影の協力を頂きました。この場を借りれお礼を申し上げます。3月もよろしくね!

(おまけ:中井で見つけた珍しいものをカメラに収めてきました。表札に刺されいた魚の頭に枝が刺さっている奇妙な物、後からわかりましたが、これは「柊鰯」と言って、節分の日に柊の小枝に焼いた鰯の頭を刺し物を門口に飾ります。古くから鰯を焼いた臭気と柊の棘で鬼の侵入を防ぐと言われています。

ピカピカのスバル360を発見!スバル360の持ち主がたまたまおられましたが、われわれと同年代の方で大事に乗られているらしく、新車同然でした。昔の得意先の足として活躍した「スバル360」を懐かしく思いました。長坂)

 

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