「ポンペイの壁画展」が六本木ヒルズ・森アーツセンターギャラリーにて開催!!

日伊国交樹立150周年記念に世界遺産「ポンペイの壁画展」が森アーツセンターギャラリーで、4月29日~7月3日まで開催されている。’13年にポンペイの地を訪ね、信じられない文化がここにあったとは・・・。
紀元後79年、約2000年前弥生時代にこの文化が・・・?その壁画が東京で見れることになり行ってみた。

″peace boat″ で3年前のポンペイを訪れた時のダイヤリーから一部、抜粋してみた。

4/5/’13(Sun) イタリア ナポリ 入港 10:00ごろ出港19:15ごろ 晴天 OP ナポリ 「ポンペイ遺跡とエルコラーノ遺跡観光」 イタリアの一番大きな港はジェノバで、次はナポリとのこと。
豪華客船が2隻停泊をしていた。 バスにて一路『ポンペイ遺跡』 紀元後79年(1935年前)噴火した『ヴェスヴィオ火山』(古代都市ポンペイを一瞬にして飲み込んだ)は7,8メートルも火山礫、肺が街を覆いつくされた。溶岩はこの地方は、流れてこなかったこと、 建物が石の建築物と言う事で、屋根はないものの壁、建物、石畳の道路など、当時の街並みを 想い浮かべることができる偉大な構築物である。
現在近代建築豚が立ち並んでいる場所の下にも、沢山の街が埋もれているとのことだが、 生活をしている建物を取り壊してまでもできず、そのままにしてある。 最近の爆発は1944年で、100年サイクルで爆発を起こすと言う事で、 後30年後に爆発をする可能性がある。爆発の2,3年前には地震があり、建物が崩壊した。 この時にネロ皇帝は妻がこの地方の出身と言う事もあって、レンガなどで補修をしたとのこと。 ところどころにレンガの補修の跡がうかがえる。
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ポンペイ市は文化水準が高く、上下水道、雨を貯水する工夫、浴場(男女別、男子のほうは壁が二重構造になり温度のことも考えてあったり、空冷部屋あったりと考えられた浴場だったらし)、遊郭もあり、ベッドは石ベッドだが、その上にやわらかいマットみたいなものひいていたみたい。上水道は鉛管を使用していた。 登山電車が通っていた時に、客集めの為に募集した歌で当選したのが、今の『フリクリ フニクラ』だと言う事だ。 79thpeace boat 出航のテーマソング 「ボレロ」

 

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