〔70代から始めた日本一周って!〕いよいよ西日本へ!! Div. 3 鳥取県 『水木しげるロード』、島根県『国宝 松江城』

 

中国地方の旅 Division 3  (2026年5月12日~16日の旅)二日目鳥取県 境港市、島根県 国宝松江城

 

      『鬼太郎列車』に乗って『水木しげるロード』、『水木しげる記念館』の旅へ

       

 翌日、宗やんと別れ、JR境線『鬼太郎列車』で境港駅まで、どんな列車が走っているのだろう。3日目は鳥取県境港、その後はバスを乗り継いで一畑電鉄で宍道湖沿線を走り、出雲市駅まで行ってからJR山陰本線で、大田市まで行き宿泊する予定を組んでいた。

目玉おやじ列車

 境港の観光センターに行っていろいろ聞いてると、松江市まで直行バスが出ていることがわかり、予定を変えて『国宝・松江城』に行くことになった。
          日本一周都道府県巡りは、岡山、鳥取、島根、広島の日程で          
       25,26,27,28/47県を計画。 仕事の合間の中でやっと約6割を回ることができる。
             (※どんな日本一周を考えているの❓こちらへ

駅前で、水木しげると鬼太郎、ねずみ男は何を話しているのだろう❓

  水木しげるの世界に入る前に、漫画作家『水木しげる』の過去を勉強をしてみた。子供の頃の漫画雑誌で「ゲゲゲの鬼太郎」を読んでいたが、正直言ってそんなに面白いとは思わなかった。でも何故か鬼太郎と、目玉おやじが忘れられないキャラクターだったことを憶えてる。2010年NHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』が放映され、大変人気が出たようなので偶にテレビを覗いて見たこともある程度で、そんなに関心を示さなかった。が、 『水木しげる記念館』を訪ねて、彼の歴史を知っていくうちに彼の個性豊かな性格と過酷な戦争体験をし、その中で襲撃を受け左手を麻酔なしで切り落とすことになった。当時22歳だった水木さんを残して部隊は全滅となり、ふんどし姿で海を泳ぎ、ジャングルをかけ抜け、5日間かけて日本軍の陣地に辛うじて生還。上官に報告に行くも「何故死なずに逃げてきたのか」という上官の冷たい言葉が返ってきたとのことだった。 戦史研究会 ラバウルの戦地に赴任した武良茂(水木しげる)さんの過酷すぎる軍隊時代を表現した漫画  その後、終戦を迎え現地で暮らすうちに、仲良くなった現地人から土地を分けてあげるから、一緒に暮らさないかと誘われて一旦はその気になったが、親に顔を見せてからでも遅くはないと、復員輸送船に乗って日本へ帰国した。帰国後1971年(昭和46年)に現地を訪れ、仲良くなったトペトロと劇的な再開を果たした。その後、トペトロが亡くなるまでの約50年間、交流と支援を続けていたようだ。(下記の写真は再開し時の写真、ピンボケですが、白シャツが水木さん、左がトペトロさん)     戦時中パブアニューギニア(ラバウル)で親友トペトロと戦後26年ぶりに再会を果たす  その復員輸送船で帰国した時の船が戦時中活躍した駆逐艦『雪風』だったとのこと。駆逐艦『雪風』は、対潜水艦戦、対空戦、対水上戦にバランス取れた戦艦だ。救護船としても活躍、大戦中、戦闘中に海に放り出された隊員を救助してきた。そして、昭和20年(1945年)4月7日に戦艦大和が沖縄に向う途中、大和以下6隻が撃沈されたが、『雪風』含む4隻の駆逐艦が1700名を救助したが、4000名以上が犠牲になった。無事帰還した『雪風』は世界海運界の奇跡、必ず帰還する好運艦として有名になり、終戦後も復員輸送船として旧日本軍の兵士13000人を日本に送還して活躍をした。監督山田敏久氏の下、映画『雪風』が2025年8月15日に上映された。私も映画を観に行ったが素晴らしく感動した映画だった。  当初、境港を出て一畑電鉄に乗る為に、バスを乗り継いで行こうと思っていたので、松江城に行くことは諦めていたが、境港から直通バスが松江城まで出ていることを知り、予定を変え松江城まで行くことにした。  松江城は第2次世界大戦前に国宝に指定されたが、1950年に文化財保護法の施行変更により重要文化財に位置づけられた。  「文化遺産の世界」のホームページ に拠れば1951年松江市が国に後方指定の陳情を行って以降、「松江城を国宝にする松江市議会議員連名」「松江城を国宝にする市民の会」が設立、市民の会の署名活動など活発に行われた。そんな中2012年5月に「慶長十六年」(1611年江戸時代初期)と記された祈祷札2枚が再発見され、「祈祷札にある釘穴」と「地階の2本の通し柱」で祈祷札が打ち付けられていたことを確認された。地震に耐えられるような「通し柱」構造の優れた技法が多数使われており、これら事が決め手となり2015年7月8日に松江城天守が国宝に指定された。   階層をまたいで建築された通し柱、長い一本の木がない策として、考えられた通し柱は地震にも耐えられた。 「文化遺産の世界」卜部 吉博 / Yoshihiro Urabe 松江市 まちづくり部史料編纂課 松江城調査研究室専門官より  

 

妻木, 大山町, 西伯郡, 鳥取県, 689-3211, 日本 鳥取県, 日本

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