【70代から始めた日本一周って?】 Part 5-3 鹿島神宮の近くには、神々が住んでいた場所「高天原」が地名で残っている

 

日本一周 Part 5-3  7/47 

    Part2-2の続きの同県旅のため、県のカウントは増えない。【茨城県】

3日目最終日

最終日の予定は、ココシカ博物館に電動自転車を返さなくてはいけないので、鹿島神宮の近くを回ることにしていた。鹿島神宮の神は海から東一の鳥居に上がってきたという伝承があり、「すべての始まりの地」とも言われている。(ダイレクト出版 ルネサンスVol.7【『日本人』とは何か 『日本』とは何か】 田中英道教授監修)

 

 朝食を終え、「高天原」がある地域に向う前に、鬼塚に足を延ばしてみた。下の写真右手のように単なる、小高い丘に草木が生えている状態だ。高天原は神々が住む処、神域であったようだが、現在は住宅地になっている。

 高天原の鬼塚は旧町内ではひときわ高く、町内を見渡せる神聖な場所だったようだ。鹿島神宮に祀られる武御雷神たけみづちのかみが 東国征伐に降り立った際、従わない鬼族を退治し、鹿嶋市の郷土かるた読み札にもある『鬼塚の 赤土踏み入る 高天原』があるらしいが、従わない鬼賊を退治して、その首を埋めた時に、たくさんの鬼の血で染まったので、今も土が赤いと伝えられているようだ。

高天原と鬼塚の案内板(写真上でクリックすると拡大されます)

 その後、ココシカ博物館に自転車の返却と博物館の見学に訪れた。コンパクトな建物に子供が楽しめて、歴史を学べる工夫されている展示だった。奥には沢山の書籍があり、何点かは写真に収めてきたが、次回訪れるときにはゆっくり書籍に目を通しに行きたいと思っている。

右:大変お世話になった大川さん

『ミニ博物館ココシカ』へリンク(正式名称)はNPO法人格で運営されているようで、旅中でいろいろとお世話を頂いた大川さんこと「大川 修一」さんが、博物館の設立代表者だったことが後でわかった。「本当に助かりました。大川さん!」この場を借りてお礼を言わせていただきます。

鹿島神宮御船祭の模型

数多い歴史本

読んでみたかった一冊

レイラインとは ウィキペディア(Wikipedia)へリンク  (写真上でクリックすると拡大します)

 鹿島神宮の境内も散策、お参りも終わり、お守りを買って帰るときに、拝殿の前で日本古武道交流演武大会が開かれており、日本古来から伝わる各種の形を披露をしていた。          帰路は、この地から2,3分の所から高速バスが東京駅まで出ているので、座って寝て帰ることができた。本数もそこそこあるので、次回は家内と来るときは、東京駅から高速バスで来ることにした。

 

今回の旅は、自転車で回っとことで、ばてたとこともあったが、まだちょっとした長距離なら大丈夫だろうと少し自信もついた。

 

奉納「日本古武道交流演武大会」が開かれていた

 

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